熱帯夜

女として女に愛され愛したい

桜の季節

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私のおじいちゃんが死んだのは、ぽかぽかした空気が気持ちの良い、ちょうど今日のような桜の季節だった。天国にいく前、この世での最期の言葉に「きいろい、ちょうちょが……」と言って旅立っていったらしいことを、母から教えてもらったことを覚えている。そのあとすぐに、従姉妹のYちゃんがこの世に誕生して、小さい私はもっと小さい妹と「おじいちゃんの生まれ変わりなのかな」と真剣に話していた。

でもYちゃんではなくて、実は黄色いちょうちょがおじいちゃんだったのだと思う経験が良くある。大人になってから、それを妹に話すと「私も!私も落ち込んでるときとか、気持ちが焦っているときに、春じゃないのに黄色いちょうちょが飛んでくるときがある」と、他の人が聞いたら怖いことを教えてくれた。

私たちの味方の黄色いちょうちょ。あれはきっと、おじいちゃんなのだと思っている。今でも本気で思っている。

私が引っ越した先の自宅の近くの病院で亡くなったことを今日聞いた。いつも通るあの道にある、桜でいっぱいのあの病院で、おじいちゃんが死んだなんて。そんなの全然知らなかったこと、そして知らないのに、何の導きかこんなに近くに越してきたこと。今日もその病院を横目に見ながら車を走らせ、その事実にちょっと胸が苦しくなった。

もう一度、あのゴツゴツで汚い太い指で壊れ物に触るみたいに孫の私に触れて、膝の上に乗せて笑ってほしい。突然、おじいちゃんが恋しくなった。

毎日「行ってきます」「ただいま」と言っていた実家を出て1年になる。引っ越しを決めたのは、『他の誰でもない自分の人生を生きたい』と思ったからだけど、それでも一つ守りたかったことがある。それは桜の季節の引っ越しは避けたいということ。

おじいちゃんが病室から見ていた満開の桜。それを眺める息子。おじいちゃんの息子である私のパパは、「桜の季節が、ちょっと苦手なんだ」と目に涙を溜めながら話してくれたことがある。どうしても自分の父親が死んだあの日を思い出すからだと。

私はその話を聞いたときに「桜が満開の季節に引っ越すことだけは、絶対にやめよう」と決めた。もうパパにこんなに悲しい顔をしてほしくないから。あんなにきれいな桜を、これ以上寂しいイメージで見てほしくないから。世間でも『春は別れの季節』というけれど、彼にとっても父親と娘が満開の桜の花びらに隠されるように居なくなった別れの季節。新たな出会いも喜びも何もないままにさせてしまうのは嫌だった。

そんな季節に、妹のお腹の中には新しい命が宿っている。季節は巡る。いつか春がパパにとって幸せで涙する季節になりますように。気付けば、あの頃のおじいちゃんと一緒になってしまったゴツゴツで汚い太い指。壊れ物に触るみたいに、その指であたたかい孫の命に触れる彼の優しい笑顔が見れますように。

私は、春が好きだ。