熱帯夜

女として女に愛され愛したい

女二人で男性優位な社会を生きていくということ

最近のこと

先日、パートナーと一緒にスーパー銭湯に行ってきた。

珍しくパートナーの方から提案してくれて深夜まで遊びたおした。大体が私から〇〇したい、〇〇食べにいこ、飲み行こ、と誘ってしまうので、彼女からの「今日さ、〇〇しちゃわない?」という提案が大好き。よっぽどのことがなければ、かなりの確率で首を縦に振ってしまう。

次の日の朝、ベッドに入ってものの数秒で寝てしまったんだなという形跡があっておもしろかった。女同士カップルは、本当に楽しい。生まれたときに一緒にいた家族といるときよりも、素でいられる。不思議だね。恋人。

sultrynight.hatenablog.com

女二人で男性優位な社会を生きていくということ

たまにこうして私は同性愛者なんだなぁ、と改めて振り返る瞬間がある。もう今となっては自分の性的指向については何とも思わない。生まれ持ったものであって自分には変えることができない私の中の一部と認識している。

ただどうしようもなく心細くなる瞬間は、ある。それは性愛的な意味で男性性を欲しているのではなくて、この男性優位な社会で、女二人で暮らしていくことのハードモードさからくるもの。もしも男性がこの家にいたら、きっと違ったんだろうな……と、ふと感じるような瞬間。

私たちはお互いにお互いを常に大切に思って、守り合っている。私もそれを感じるし、きっと彼女も感じてくれていると思う。ただ、男があっての女、みたいな認識がまだ根深く残る社会で、男だったらクリアできていたのであろうことが目の前に立ちはだかると一気に絶望してしまう。

こういうことが毎日起こる

例えば、比較的いつもよりも高い買い物をするとき。交渉が必要な場面。隣でスタッフから恭しく対応されている男性客の隣で、私は別のスタッフにタメ口をきかれている。このときは隣のスタッフは女性で、私の対応をしたスタッフは男性だった。

フランクにコミュニケーションをとっていただけでは? と思われるかもしれないが、多分これはタクシーの運転手にタメ口で行き先を聞かれたり、職場の男性に女性として生きていることを羨ましがられたりしたときに感じる ”アレ” なので、多分そういう経験をしている女性には分かっていただけるかと。

多くの男性にも分かるように説明する技量を持ち合わせておらず、申し訳ない(なんか、もうそういうことを ”男性にも分かるように説明しなくてはいけないような社会の雰囲気” が嫌すぎる)。

もちろん、こちらから横柄な態度をとっているわけじゃないし、どちらかというと柔らかで穏やかに、人と人の会話を試みようとしている。でも相手を尊重する雰囲気であればあるほど、「カジュアルに接して安心させてあげようね」「目線を合わせて会話してあげてる俺、やっさしー! かっけえかも」みたいなヤバ男性スタッフにあたりがちで詰む。

そういうときは決まって隣で話を聞いているパートナーとの間に、話さなくとも、目を合わせなくとも、『はぁ……当たっちまった。今すぐこの買い物無かったことにして帰りてぇ……』という、空気レベルでのテレパシーが行われる。

帰りは悪口と暴言を言い合うのが、お決まりのルーティーン。やだね、このルーティーン。なくなってほしいね。でも同じ想いでいてくれる女性がそばにいるという安心感や心強さは、すごいもの。ありがたい。

絶望を繰り返したくない

これは仕事場でよくあることなのだけれど、男性の機嫌を受け止めるのは女性の役目だと無意識に刷り込まれている人たちの相手をしなくてはならないとき。あえて ”人たち” と書いたのには理由がある。

イラつきをぶつけても良さそうな人・言いやすい人・怒らなそうな人(多くはそう見られがちな20〜30代の女性)に対する、いびりやクレームをした人(男性優位な社会に住んでいて気持ち良さそうな30〜60代の男性に多い気がする)の言動を、「よくあることだから」とか「この先もあるかもしれないから」とかいう冗談じゃないクソ理論で我慢させようとする人(多くは今まで冗談じゃなくそういうことを我慢させられてきた、自分たちの気持ちを守りたい40〜60代の女性)の対応も、とても厄介で疲れるし、面倒だ。

おじさんやおばさんの言う「私たちの時代はもっと酷かった」というセリフほどダサい逃げはないと思うので、全力で声を上げていきたい。のに、この男性優位な社会は政党が変わらない限り続いていきそうなので、これまた絶望している。女性軽視すぎる社会に住んでいないと自分のことを守れない人が多過ぎて……。

早くいなくなってね

同性婚も選択的夫婦別姓も、自分ごととして心から望んでいる人の声がちっとも届かなくて、おじさんおばさんのことが嫌いになっちゃうよ。みんないなくなることを祈ることしかできなくなっちゃうよ。でも一人ひとりが大切な人間だから絶対に死んでほしくはないし、だから私は選挙にいくよ。