熱帯夜

男も女も犬も子どももいる世界で過ごす、私、miraの物語。

無い権利を考える

この度、2人暮らしをすることになりました!

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こんにちは、mira(@mirara_l) です。
Twitterで報告をさせていただいたのですが、みなさんが「いいね」で反応をくださって、本当に嬉しかったです。10年間一緒にいたのに叶えることができなかった念願の念願の夢が叶おうとしています。最大の夢は、やはり結婚をすることなのですが、個人的に今の社会では同性カップルだと「同棲」か「結婚式」をすることがふうふになる節目になるのかな、と思います。もちろんそれは私の考えで、一緒に暮らす中で指輪を渡してプロポーズしたという人たちもいるだろうし、子どもをもった時点で、かもしれないし、もう本当に色々よね。家庭によりけり。

私たちはお互いに実家から出てくるので、いま2人してマリッジブルーになっています。初めて引っ越しをするし、初めて親元を離れます。恥ずかしいかな、もうアラサーなのに。それでも現実的に部屋の間取りや使い方について話をしたり、大きなお金もそれなりに動いてる。「本当にこのまま2人で住むのかなぁ?」という、自分にあてはめられないふわふわとした感情をもちながらも、未来に向かって動いていることが嬉しいし怖いし、楽しみだし不安な、とても複雑な気持ち。でもこの気持ちはきっと今しか味わえないんだろうなって思うから、大切にしていきたいです。こんな風にブログにしたためたりして。

私ももちろん生半可な気持ちで2人暮らしを覚悟したわけではないから寂しさや不安に泣くこともあるけれど、遠い遠い県外にいこうという決意(実際にはまだついていないと思う)、大事な一人娘が母親の元を離れるhoneyの気持ちはもっと複雑なんだろうなと思います。支え合っていきたいですね。

1月中旬に鍵をいただけて、2月の終わりにかけてhoneyが仕事を終える予定なので、本格的な引っ越し作業はその辺りかな?と思っています。私の仕事が3月~5月が死ぬほど忙しいので、その辺りを考慮した日取りになりました。それまでにお金貯めねば。

契約やお部屋探しについてはまた今度書くこととして、今日は引っ越し後にやるべきことについて調べていた途中に気付いた、私たちに無い権利について書きたいと思います。

 

同じ世帯?別々の世帯?

 

住所変更を始め、たくさんの手続きがあるんですね。引っ越しって本当に大変だ。その中で気になったのは「転入届」についてです。これに基づいて「住民票」が発行されるわけですが、調べていくと同棲する人たちは2通りの申請の仕方があるようですね。そもそも住所が同じになるわけだから、住民票ってどうなるんだろう?と調べたのが始まりでした。

2通りの申請の仕方というのは、①どちらかが「世帯主」、どちらかが「同居人」となり、同じ世帯となる、②どちらも「世帯主」となり、2世帯となる。ちなみに同じ世帯になると、役所などから届く郵便物などが世帯主の名前で届くようになるそうです。

そう、私たちは今まだ結婚できないけれど、社会の制度に同じ世帯だと登録できるのはこの「住民票」だけなのです。一緒に住んでるよ、生計を一緒にしているよ、という申告です。10年間お付き合いをしていて、今回の同棲が結婚生活の始まりだとすれば、世帯が一緒になると聞くだけでも嬉しいし、色々と相談した結果、生計は一緒に管理をしていく予定になりそうなので、今のところ住民票は一緒にするつもりです。

でも市町村によっては、戸籍上の住所が一緒じゃなければ認められない?ところもあるそうで、なんか色々なようですが、まあ申請してみないと分からないね。

同じ世帯にすることでのデメリットもあります。例えば男女で同じ職場の人が恋人だった場合。同棲することになったはいいけれど、それを内緒にしているときにはまずい。当然同一世帯になれば住民票に相手の名前も書いてあるわけですから、職場に書類を提出するときに必然的に関係がバレてしまう。あとは、お互いの職場で住居手当みたいなものがあれば、それぞれが世帯主でないと各自でもらえない、とかとか。

実際、まだ同棲という立場では生計を別にしているカップルが多いみたいで、別々であることが多いみたいですけど、みなさんのおうちはどうですか?気になる~。あ、でも税金とかはあくまで個人にかかるものなので、世帯を一緒にしても節税にはならないとのことです。

 

異性カップルと同性カップルの違い

 

そもそも、同性カップルに対する「結婚」「婚姻」「ふうふ」という概念がない国で生きています。だからこその問題であるのですが、もう考えれば考えるほど納得いかないのが「事実婚」という関係よ。

その異性カップルだけに選択権のある関係が、先ほどから言っている「住民票」によって証明されているだなんて知らなかった!異性カップルで法律婚をあえてしていないけれど、ふうふとして過ごしている場合、私たちが「世帯主」「同居人」と書いたところに「世帯主」「妻(未届)もしくは夫(未届)」と書くだけで事実上の結婚生活をしていると公に説明できるんですって。何それ。声を大にして言いたい!

ずるい!!!!!

そりゃね、同性パートナーシップ条例とか、いくつかの自治体でアライのみなさん、当事者のみなさんが頑張ってくれていて、もうそれが泣くほど嬉しかった。いつか私たちも、なんて夢見た。公正証書を5万円で作ってでも、自分たちの自治体でそんな条例があったのなら、もちろん生きやすさを考えて登録することを考えたかもしれない。

それなのに、異性のカップルはそれだけで、ただ転入届に「未届の妻」と書くだけで、「未届の夫」と書くだけで、それだけで恋人以上の関係だと社会に認められて、それだけで日本の社会のふうふ制度を受けられていたんだって。全身の力が抜けてしまった。1分もかからない筆記によって、扶養を始めとした、法律婚をしたふうふと同様のメリットを受けられている。こんな差別ってない。同じ感情で、パートナーを愛しているのに。守って守られていきたいのに。

国にはこんな差別を受けているけれど、さっき言ったような同性パートナーシップ法、保険金の受取人を同性パートナーにできる保険会社、住宅ローンを同性同士でくめるようにしてくれた銀行とか、自治体や企業が私たちのために頑張ってくれていることがせめてもの救いです。ありがとうございます。

日本人として生きているのに、その国でふうふとしてのサポートが受けられない。受けられたとしても一部の自治体で、しかも住民票とは別の手続きが必要だなんて。それにお金がかかる場合もあるなんて。結婚したい結婚したい、そんな風に願望を垂れ流していましたが、それ以前の問題だわ……と愕然とした日でした。

 

事実婚の定義

 

  • 当事者に婚姻の意思があるが婚姻届を出していない
  • 同居して生計を同一にしている


ねええええ!!!一緒じゃん!!!私たちじゃん!!!
まぁ、他にもね、第三者の目で見ても、実質的にふうふとしての生活を営んでいるとか、何年以上の生活が必要とかあるのでしょうけど。

こういうところに、「そもそも同性カップルが想定されていない」という、同性婚と同じ事情が関係してくるんですよね。時代はどんどん変わってきています。そろそろ見て見ぬフリはやめませんか?G7で同性カップルに対しての保証が何もなされていない国は日本だけです。「同性パートナーの宮中晩餐会出席に反対」だと発言した政治家の発言が問題になりました。現実に「いる」んです。同性愛者は。一定数。臭いものには蓋、そんな日本人らしさって、世界に全然自慢できるものじゃないと思います。

 

www.asahi.com

 

異性カップルに法律婚でなく、事実婚を選ぶという権利が与えられているように、同性カップルにも法律婚なのか事実婚なのか、結婚するのかしないのか、お互いにとってベストな関係を選べるようにしてほしい。ただそれだけが願いです。

 

住民票以外での夫婦関係の証明

「同居しており、生計を同一にしている」また「周囲がふたりをふうふとして認識している」ということを、住民票以外で証明するのであれば、他にもこんな方法があるそうです。

 

  • 結婚式を挙げたときの招待状や座席表
  • ふうふ二人の名前(連名)ですでに届いている手紙やはがき(消印付き)
  • 家計が同一だったことが分かる日付入りの家計簿

いずれ国がパートナー法や、同性も法律婚の中にいれる法整備を考える未来がくるとしたら。これらは友達ではなく、恋人でもなく、婚姻の意思があり、ふうふになるという決意で生活をし始めたと証明できる、お守りのようになるのではないでしょうか。


最後に、今から4年前にニュージーランドで同性婚を認める法案がでたときの、素晴らしいスピーチをTwitterで知ったので、紹介させてください。日本に住む私たちにも、愛し合う二人が安心して生活を営める権利が欲しいです。

 

 

人様の結婚式参列って強制?

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結婚式には参加しないと決意した日

 

1年ほど前ですが、決意したのです。
友人の結婚式には今後一切、参列しないと。

▼傷ついて帰ってくるだけなのに……

sultrynight.hatenablog.com

 

▼自分を守る判断をしました

sultrynight.hatenablog.com


▼先輩に言われた、最悪な言葉

sultrynight.hatenablog.com

 

またもそれを言われるときがくるとは思わなかった

 

数年経って忘れたこの時代に、今度はカミングアウト済みの友人に言われました。正直すごくひどい。と思ったから、ここに書き記しておこうと思います。

その友人には、大学生のときにカミングアウトをしました。多分、一生付き合いがあるんだろうな〜、そこに恋バナというものが必須な関係になるんだろうな〜、と思って。ずっと私とhoneyの関係を応援してくれていたので、もしかしたら気が緩んでいたのかもしれませんね。必ずしも、全ての意見が受け入れてもらえるとは思っていなかったけれど。

先日、一緒にご飯を食べに行った時に、結構深い恋バナになって、今だ、と思って言ったんです。伝えるなら今だ、と。「男女の結婚式に参列すると、自分たちが結婚式を挙げられない現実を受け止めないといけなくて辛い。真正面から見ていられないぐらいに辛い」「今後、結婚式を挙げる予定が友達にあったとしても、その全てに出席するのをやめた」と伝えました。

実際、この時点でさっきの過去の記事にも書きましたが、招待がきても参列しないことを決意してからは、友人の結婚式への参列を断り続けていました。もうドレスも処分しようとしていたところ。でもね、ノンケの友達は決まってみんな不可解な反応をするの。今回、私の苦しみを伝えた子なんて、ほとんど憤慨していた。「それでも来てほしい」と訳の分からないことを言っていた。混乱した。私の気持ちはまず置いておいて、彼女は憤慨した結果、こんなことも言った。「miraには、地に足を付けて立ってほしい」と。

ん??????????

どういう意味でっしゃろ?なんなの?なんで「見るのが辛いから出たくない」と言っているのに、出席を強要するの?しかも地に足を?んん?

私、そんなにおかしいことを言っているのかしら。私にとって異性愛者の人たちの結婚式に出席するということは、自分たちに婚姻の平等の権利が無いことをわざわざ確認しにいくようなもの。本当に本当に苦痛で、ストレス以外の何物でもない。それなのに彼女たちは決まって、私が人の結婚式に参加しない意思を非難するんです。まるで私がわがままを言っているような雰囲気で諭されます。どういうこと?なんでだろう?

「仕方ないよ、日本ではmiraたちは結婚できないんだから」「一生、そうやって生きていくつもり?」「もしも普通の結婚式が嫌なら、自分たちも外国であげてこればいいじゃん」「そのつもりなら、ここに住んでいちゃいけないと思う」

なんてひどい言葉たちなんだろう。少し、泣きました。泣いても、その涙の意味は彼女たちには全く届いていないようでした。もう、友達をやめようと思いました。

友達関係さえ危うくさせられてしまう、日本の憲法。本来なら、日本国民ひとりひとりを守るためにある憲法。その中に私たちの姿はありません。想定されていません。存在を排除されているので、私たちレズビアンカップル、ゲイカップル、つまり同性愛者の婚姻は無くて当然、仕方の無いこと、我慢しろ、そんなひどい言葉の暴力を平気で振るう人たちがいます。愛するパートナーと結婚したい、その純粋な思いが、私の友達までを奪っていきます。残酷な環境です。

過去の自分を受け止めようとして死にそうになることがある

台風が去っていきました。先ほどまで、家が壊れてしまうのではないかと思うぐらいの暴風雨だったのですが……今は、離れて暮らすhoneyと愛娘(犬)の方に行ったようです。自転車並の速さだって聞いていたから、もっと長引くかと思ったんだけどなぁ。とにかく、急に静けさが訪れたため、こうしてパソコンに向かっています。どうかあの子たちが台風のうるさい音に起こされずにぐっすりと眠っていますように。

今日、ふと感じた怖さについて思うままに書きます。

私の周りでいま、「結婚・出産」など、レズビアンで人一倍そういうものに憧れている私が聞くと辛いワードが飛び交っています。しかもそれが親族内だから逃げられないし複雑な気持ちになる。はぁ……。レズビアンでも結婚する権利がある世の中なら、順番通り長女の私が1番に結婚しているのに。カムアウトしていない親戚に、お姉ちゃんはまだなの?という視線を送られるのが、本当に辛い。「できるもんならとっくにしてるよ……」という言葉を飲み込むのはとてもストレスで、レズビアンであることがバレないように隠そうと取り繕って笑えば笑うほど、自分で自分の心を切り刻んでいるような暗い感情が芽生えるのです。ド田舎で育っているので、周りからのその哀れむような視線が私だけにではなく、両親にも向けられることを知っています。

ごめんなさい、と思う。レズビアンに生まれてごめんなさいと思ってしまう。そしてそう思う度に、私がもしも昔気質の父親にカムアウトしたら、どうなるんだろうと考える。もう何千回、何万回もシミュレーションしていることですが。レズビアンであることは自分で選んだわけではないし、ましてや育て方なんていうものは、私の性指向には全く関与していないことは明らかであるのに。きっとレズビアンにしてしまってごめん、と思われるか、信じてもらえない、取り合ってもらえない、むしろ無かったことにされるか……。私が死にたくなるほど思い悩んでいることを知っても、受け入れてはもらえないのだろうか。

は~!暗い暗い!でもね、こういう話題を真剣に考えだすとね。私の性格上こうなってしまうんですよ。あーあ、パパに受け入れてもらいたい。私の大切なパートナーを、長女の嫁として扱ってほしい。大切な妹の結婚式に、どうして私の嫁は参列できないんだろう。

そんな私の気持ちを読んだかのように、優しい妹からは「本当は○○ちゃん(私のパートナーの名前)も呼びたいなって思ったんだけど……。お姉達が式を挙げる時は呼んでね」というメッセージをもらい。その気持ちが嬉しいね、とhoneyと共有しました。

大切な家族の門出を、一緒に祝えない現実。私とhoneyは気持ちだけで繋がっていて、法的に結ばれていないから。そして社会や国が、同性愛者に対して差別をしているから。だからいま、私たちは世間から見たら他人、よく言って知り合いか友達程度なのでしょう。私たちと同じように他人同士であるにも関わらず、紙切れ1枚で社会に配偶者になったのだと宣言できる、結婚制度を使える人たちが羨ましい。いつになったら私たちの手に入るのでしょうか。

そして、ブログの最初に書いた「怖いこと」についてですが。いま現在、無意識の差別が蔓延るこんな社会でも「LGBT」という言葉を皆が知るようになっていて、人々の認知は少なからずある状態ですよね。この社会には、自分たちとは違って同性を好きになるという、不思議でちょっと理解できない人たちがいるものだと。それぐらいは分かっている人が多いんですよね。

そんな状況でこれからいざカムアウトする状況になったとき、私が大学生になるまで自分がレズビアンだと「気が付かなかった」と言ったら、果たして誰が信じるかなぁということ。

本当に「気が付かなかった」んです。ずっと女の人が好きだったのに。好きな女の子と話すためには、仲良くなるためには、「男の子を好きでなければいけなかった」。(男女の)恋バナがないと親密になれなかった。好きな女の子への気持ちは憧れだと、言い聞かす毎日。自分で自分を洗脳する。そんな時代だったんです。自分が女の子しか好きになれない性指向で生まれついたなんて、頭の片隅にもなかった。こんな風に情報が多い社会じゃなかった。レズやホモは気持ち悪くて不思議な人、あまり良いものではない人たちだと、強制的異性愛の社会の中で刷り込みを受けていたのです。

私が初めて付き合ったのは、男の子。そもそも自分がレズビアンだとは気付いていないし、周りに合わせないといけないから。男女が付き合うことが普通だと思い込んでいたから。私は女の子への淡い気持ちを抱いたまま、特にときめきもしない男の子といつか結婚するものだと思っていた。だから家に、彼を連れてきたことがある。それを見た父親が、私自身も気が付いていなかったというのに、どうして娘が今さらレズビアンだと言って信じるでしょう。

そんなこんなでカムアウトしても、きっとレズビアンであることを「選んだ」と思われてしまうのがオチなんだろうなと半ば諦めの気持ちです。その頃のLGBT、いや当時はセクマイ(セクシャルマイノリティ)と呼んでいた頃のことなんて、もう今の時代の人たちは忘れているような気がするんです。その頃に自分がレズビアンだと気が付いた私たちは、今となっては過去の若者。今はもう、高校生でも中学生でもSNSに「(L)GBT」なんて書いている世の中です。自分で自分の性指向が分かるぐらいに性的少数者の情報がある社会になったんだ。よかった。まさかこんな歳で、あの頃は……なんて話をするとは思わなかったぐらいのスピードで、認知が進んでいます。

だからこそ、今の時代に「LGBT」の存在を知ったであろう父親に「自分がレズだと気が付かなかったなんてありえない。思い直せ。男にモテないのか?男が怖いのか?女に走るなんて頭が狂っている」。そんな風に思われたくない。私を大切に思ってくれていることは小さい頃からずっと感じてきたから、信じていても、怖いんです。怖い。怖くて堪らない。

気付いた当初は、一生隠していくんだ、隠さなければいけないんだと強く思っていました。でも、時代はどんどん変わっていきます。変わっていくのに、父親の中では「昔、男を連れてきたことのある年頃の娘」なのです。

パパに、紹介したい人がいます。モー娘。のハッピーサマーウェディングを、純粋な気持ちで聴いていた頃、私も今の若者のように自分がレズビアンだと自認していたら。彼を連れてくることもなく今の父親を混乱させることはなかったのに。もしかしたら、男に興味がないのか?と思ってくれたかもしれないのに。

高校生だった私が、一生懸命、強制異性愛の社会に溶け込もうとしていた痛々しい姿を、三十路になって少し大きく成長した私が受け止めるつもりで立っているけれど、それでもまだ、一緒に野垂れ死んでしまいそうになるときがあります。それをいつも救ってくれる人が、いまの恋人であるhoneyなのです。ちょっと遠いところに一緒に住んで、こんな考えを感じる隙がないぐらいに、趣味や楽しいことに没頭したい。「あまり落ち込まないで、いずれ一緒に住めるよ」っていう、あなたの言葉一つで救われています。

 

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