熱帯夜

男も女も犬も子どももいる世界で過ごす、私、miraの物語。

女同士のカップルが同棲2年目に突入するにあたって思うこと

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こんにちは、mira(@mirara_l)です。

パートナーと一緒に暮らし始めて1年が経ちました。
この1年、いろんなことがあったなぁ……。

 

1年を振り返る


「今だ行け!」を自分で決めて、家を出る前に堅物の古き良き時代のパパに一世一代のカミングアウトをしたこと。いつかちゃんと書きたいな。書きたいのに、でもやっぱり忘れたい部分もあって、記事にできないでいます。住む家を決めた頃、私は内定や転勤などの真っ最中で、なんだかバタバタと日々が過ぎ去ってしまったし。なかなかゆっくりと振り返ることができていないなぁ。まぁ、私らしくていいけど。

 

 

なんだかんだであっという間に1年が過ぎました。喧嘩や言い合いもたくさんしたけれど、でも結局この人と一緒にいるのが幸せだと確認した同棲1年記念日。パートナーはどんな気持ちでこの日を迎えたんだろう。ああ、私たちに「同棲記念日」ではなく、「結婚記念日」と呼べる日がくるのだろうか。

四季を一周経験して、地元に帰ってくるとホッとするようになりました。やっぱりお気に入りは冬かな。星がきれいだから。わんこを飼っているので、夜に散歩に行くことが多いのですが、凍りそうな空気のなか見上げる月もきれいなの。

同棲当初は何もない家の中を整えるので精一杯だったのですが、テーブル、いす、食器棚、テレビ台、と順番に大きな家具を揃えることで生活が整っていく。1年経った今も、まだその途中です。今はゆったりとくつろげるソファが欲しいんだ。それから、まだ荷物だらけの書斎を整えたい。収納が無いので、おしゃれな棚も欲しいな。まだまだ楽しみがいっぱいです。お金はかかるけれど、働きがいがあります。

仕事の方も、1年経ってようやく慣れました。4月からはまた新しい人事があるので環境が変わりますが、ぼちぼち頑張っていこうと思います。子どもの笑顔が私のやりがい。そしていつもおいしいご飯を作ってくれるパートナー。愚痴を聞いてくれて、いつも味方になってくれるあなたのおかげで、毎日頑張れています。ありがとう。2年目は、もっとプチ旅行を増やしたいな。色々なところを元気な若いうちに訪ねたい。

 

母親同士の顔合わせ

 

さて、そんな私たちの家に先日、来客があったんです。泊まりでは初めてのお客さん。パートナーのママです。遠距離恋愛時代から相手の実家に泊まることが多く、お世話になっていたのでもう本当、私からすればお義母さん。でもあっちはなんて思っているのかは、知らない。うちの母親もそうだけど、もしかしたらまだまだ仲のいい友達としか思っていないのかもしれない。別にいい。同性愛者が異性愛の全てを理解できないのと同じように、異性愛者が同性愛の全てを理解できないことは分かっているから。

でもいつか、友達ではない「配偶者同士」という存在なんだって確信してくれるときがくるといいなとぼんやり思っています。勘当されたり縁を切られたりしていないだけ、まだいいのかしら。私の父親みたいにショックすぎて「聞かなかったことに」しているのは、それと同等だと思えて考えると溜息しか出ないけどさ。

母親たちは、理解がある方です。おかげさまで2人で住んでいても、今までの家族の中に味方がいると思うと安心して生活できる。そんなパートナーのママが訪ねてきてくれることが楽しみでした。わざわざ遠いところをありがとうございました。お掃除大変だったみたいだけど、なんだか引っ越してきたときのようにお部屋がきれいになって嬉しい。

今回は、もしも遊びにきてくれたら連れていきたい!と考えていたことが全部できました。天体観測やお気に入りのモーニングに連れていけたし、そして何より!私の実家が近いので、うちの母親と妹と顔合わせをしてしまいました……すごい。

お互いに娘から聞いていただけの存在で、話すのは初めて。当人同士が1番緊張していたでしょうが、まさかこんな風に実現するとは思っていなくて私たち娘の方がドキドキしてしまいました。友達としか思えないかもしれないけれど、娘同士は配偶者としての関係として一緒に住んでいると知っている母親同士は、どんな会話をするんだろう……って。

心配は無用でした。偶然にも同い年だからか、友達みたいになっちゃった。妹の旦那の実家には緊張しながらいくのに……と、微妙な気持ちもなくは無かったけれど、でもま、変によそよそしいよりいっか〜と思うことにしました。LINEの交換も娘たちに手伝ってもらいながら行い、なんかね、今日もLINEしてるみたい(笑)

 

いつかパパにも

 

母親へのカミングアウトの方が早かったので、パパはもっと時間がかかるだろうなぁ。でも、なにより理解につながるのは、娘の私が笑顔で健康に暮らしていることだと思ってる。仕事をほどほどに頑張って、将来の心配がない暮らしをしていてくれること。父親は私のことが大好きだから、私も今までの大好きを人生で恩返ししていこうと思ってる。

私がレズビアンであることは、パパにとっては突然すぎるショッキングな情報だったかもしれない。でもね、パパ。パパと一緒にお風呂に入っていたときにも、パパとママのけんかを仲裁していたときにも、パパに彼氏を紹介していたときにも、パパと一緒にお酒を飲んでいたときにも、あなたの娘はずっとレズビアンだったんだよ。今までの私は全部私で、同性愛者であるというほんの一部を明かしていなかっただけのこと。洗脳でも異常でも病気でもなく、今までもこれからもずっと私は私のままであるということ。

パートナーとの生活を大切に、毎日笑顔でお互いを想いやって2年目に突入したいと思います。パパとママみたいな関係になれるように。

私たちの周りには、大切な家族がいてくれます。この縁が、一生続いていきますように。愛情が溢れたら、隣の誰かに与えることができる関係でありますように。

カミングアウトから10年が経った今なお社会に傷つけられそうだった、異性愛者の友人と、同性愛者の私の話。

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私はこういうブログを書いているから、「異性愛者」や「同性愛者」という大きな括りで話すことが多い。それが、今回の事態を招いてしまった。

カミングアウトは、ときに私の性的指向を受け入れて欲しかった人を傷つけることにつながる。それは、自分の娘や息子が同性愛者だったというショックとか、そういうのではなくて。私が記事に書いているような、こういうこと。

 

sultrynight.hatenablog.com

 

sultrynight.hatenablog.com

 

自分たちが一緒に生きていくと決めた1度しかない人生をお祝いしてもらいたい人がいる。これは十分理解できる。私だって同じだから。それが同性同士か異性同士かという違いで、ハードモードなのかイージーモードなのかが決まるということに平等さを見出せないという気持ちを持っています。今でも。だから、自然と卑屈な、誰かをターゲットにしたような言い方になってしまう。

「じゃああなたたちは、なぜ結婚しようとするの?」
「じゃああなたたちも、籍を入れずに結婚式をあげるだけでいいじゃない」
「だって一緒にいられるだけで幸せなんでしょう?」

言い訳になるのかもしれないけれど、私はこういったメッセージをどこの誰というのではなく、社会に投げかけているつもりでした。だって社会というのは、隣にいる誰かと誰かとの繋がりの塊であるはずだから。

でもそれは、ときに私のことを大切に思ってくれている人を苦しめるんです。なんの気無しにそういう発言をする人たちだけでなく、心から私たちの権利の無さを悲しがってくれている人。そういう人たちを不安にさせたり、傷つかせたりしてしまう。カミングアウトって、やっぱりときに大事な人を傷つけてしまうことにつながる。

当事者はそれを分かっているから、だから大切に思う人にこそカミングアウトってしづらいんだと思います。いつか自分との違いに気がついて、なんともできないことに不甲斐なさや無力感を感じさせてしまうのでは。まさしく、最近長年の付き合いのある友人にそれを感じさせてしまったのでした。

でも、そんなときにこそちゃんと説明しようと思って覚悟を決めた10年前のカミングアウトだった。それ以上に、本当の自分を隠している方が辛かった。だから今回は勇気を振り絞って腹を割って話しました。結婚や妊娠を報告したいという気持ちは純粋に嬉しいです。でも、そこに不平等さを感じさせてしまう世の中がおかしいよね、という話をしました。ネット上での私の発言やコメントが、自分に言われているようで辛かったそうです。

同性愛者である私が手を伸ばしても届かない場所に自分が急にたどり着いてしまうと、その不平等さがありありと分かるようになって、とても辛くなったんだって。……なんて素敵なアライなんでしょうね。カミングアウトした人が、私を大切だと思ってくれて、それ故に離れようか離れまいか悩んでくれている。少数者に寄り添って考えることができる、最高のアライでしょ。誇らしいです。

やっぱりこんな社会で立場的に弱い人は、結局人の優しさに救われるんだよね。特に近しい人の愛情に。そんなやりとりが増えれば、社会が変わっていくと思っている。大切な人との絆こそが、社会を変えていくものだと。

カミングアウトしなければ、どこかにいるかもしれない自分には関係のない出来事として終わってしまう。でも隣の誰かの話だったと知ったとき、その人の考えが変わる。変わるぐらい、常に人間関係を大切にして、誠実に生きていようと思っている。

でも、カミングアウトをすることが絶対的な正解かと言われれば決してそうじゃない。ただ私は自分たちが経験したような悲しい思いを未来の仲間に伝えたくない。同性愛者にもハッピーで幸せな、でも時にアンラッキーで不幸な、普通の人生が待っていることを、自分のカミングアウトで変えていければ、と微力ながら思っている。

いつか、ウエディングドレスを着てみたい。ただの紙切れだとしても、婚姻届というものにサインをしてみたい。ヒトのいのちを、2人で愛してみたい。そしてそのいのちが社会に羽ばたいていく姿をみてみたい。いろんな夢がある。普通に。

どれだけ叶えられるかは分からないけれど、どれも叶えられないかもしれないけど、私には大切なパートナーがいて、大切な家族がいて、そして大切な友だちがいる。その事実はもう手に入っているんだな。ありがとう。私を愛してくれる全ての人に感謝!!!

「男」になっていく男子の変化に切なさを感じていた頃の話

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思春期、仲が良かった男子が「男」になっていく過程を見るのが気まずかった。

私が「女」を好きになる性的指向はきっと生まれつきで、中学生の頃に女子に初めて恋をした。幼馴染の先輩だった。ただそこに行き着くまでは、もちろんまだまだ子どもで、小学生の頃には恋愛感情というものが理解できなかった。

みんなそうしているから、なんとなく女子と一緒にいたけれど、でも私は面白くて優しい男子が大好きだった。いつも笑わせてくれて、くだらないことで盛り上がれて、とにかく小学生高学年の頃の楽しさったらなかった。からかわれたり、ちょっかいをかけられることも好きだった。お互いに面白がって、たくさん話した。

小学生低学年の頃は、それこそ男子とばかり遊んでいた。お人形遊びよりもテレビゲームが好きで、いつも男子の家に遊びにいっては64でスマブラとかマリカーをして遊んでいた。女子は陰湿で怖かった。男子はあっさりと付き合えるし、誰と遊んでてもヤキモチとかやいたりしないし、一緒にいて心地よかった。

自分がレズビアンだったから、余計に切ない気持ちになったのかもしれない。男子が「男」になっていく過程が。私のことを「女」だと認識してよそよそしくなり、女子の胸の大きさとか顔の可愛さとか、「女」として品定めされることが、その頃からもう苦痛だった。今になって分かる。自分がレズビアンだったから余計にだったんだ。

私は同性愛者だから、他の女子(異性愛者)だちが、男子のその思春期特有の変化をどう思っていたのかは知らない。でも私は、それを気まずいだとか、ちょっと嫌な気持ちだと思っていることは誰にも話したことがなかった。いまになってやっと、このブログを読んでいる人たちに話せた。とても、気まずかったです。

もちろん中学生ともなれば、あんなに友達として仲がよかったと思っていた男子に告白されたりした。無意識に「えっなに、どういうこと、気持ち悪い」と思ったけれど、多分、周りのこのピンクな話についていかないといじめられる、変な人扱いされる、と思って流れに乗り、首を縦に振った。

キスをされたのも、その頃が初めてだった。まだ私が男子だと思っている「男」とするキスは、正直なところ「何も感じなかった」。唇が合わさって、舌が絡められる。私にとっては、ただそれだけの行為だった。確か相手は息を荒げていたように思う。学校なのに。どうして?あんなに楽しく遊んでいたのに。こんな風に制服の上から胸を撫でるのは、どうして?「男」と「女」ってなに?

訳が分からなくなって、逃げた。

また別の日も、いつも通り男子と思っている「男」の家に遊びに行ったら、急にベッドに押し倒されて「いい?」と聞かれた。「いやなにが!!?!?!」

逃げた。

私にとって、彼らが期待しているような心の変化がなくて、ついていけなかった。レズビアンだったからなんだね。社会の刷り込みによって自分がレズビアンだと気付けないまま、あと7年ぐらいはこういう経験を繰り返すんですけどね。

私の思春期には、同性を好きになる性があるなんていう情報がどこにもなかった。異性愛の枠組みの中で、女子から「女」になっていく同性愛者がどう振る舞ってきたのかは、いま思えば結構しんどい現実だった。

小学生の頃の彼らと、もう1度、心から遊んでみたいな。