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熱帯夜

男も女も犬も子どももいる世界で過ごす、私、miraの物語。

秋の夜長に考える

LGBT thinking

わたしのパートナーは、わたしの扱いに長けている


たまに言いようのない不安に駆られることがあって。わたしはその度に動けなくなってしまう。思考が止まって行動もできなくなる。できることと言ったら、部屋の電気を消すこと、ベッドに寝転がること。そして、ただ泣くこと。言葉にすると、ただただめんどくさい女だ、と自分でも思う。でも「めんどくさいやっちゃのう……」と言いながら、「何が不安なの?こう思うには何かきっかけがあるんでしょう?」とひとつひとつ、丁寧に話を聴いてくれる。愛おしい人に気にかけてもらえること、それはどれだけ大人になっても安心できることなのね。

死にたいという感情から逃げられないときがある。それが、パートナーを傷つける言葉だと知っていながら、口に出してしまう。いなくなってしまいたい。この現実から逃げ出してしまいたい。普段はちっともそんなこと思わないのに、一度、死にたい病にかかると厄介だ。

家庭環境、セクシャリティ、そんなものからは逃げられるはずもないのに、逃げられない、変えられないことに対して突然、不安になるときがあるの。これから先をどう生きていくかを考えないといけないのに、「こうじゃなかったら……」という思いに押しつぶされそうになる瞬間。そんな瞬間って、1人でいるから感じるのか。多分、きっと1人でいるからだ、と自分に言い聞かせている面もあると思う。今、隣にhoneyがいたら、頭を撫でてもらえるのに、抱き締めてもらえるのに、と。そうやってわたしはいつでも理由を探しているのだ。

 

孤独な対話

 

自分自身との対話に疲れた、というのもある。こう遠距離恋愛が長く続くと、自分の考えをブログや日記に書き記すことはできても相手に思いを話す時間が少ないことに気付く。料理をしながら、テレビを見ながら、お風呂に入りながら、何気なく雑談する瞬間がほとんど無くて。自分のめんどくさい思考が全部、壁打ちになる。分かりきった堂々巡りの自分の考えしか聞けないから、なんだか疲れてしまう。

本を読もう。もっと他の人の考えも知ろう。でも私が1番知りたいのは、大好きなパートナーの考えなの。世の中の人達は、孤独とどう戦っているの?孤独が人を殺すことは知ってる。でも簡単にそこから動けない人は、どうしているの?死ぬしかないの?

 

わたしは遠距離派ではない

 

あとやっぱり、表情を見て、対面して話すことはとても有意義なコミュニケーションなのだと思う。その人の纏う空気、笑ったときの息の漏れ方、触ると温かい体温、そういうものが今、とても恋しい。この間、honeyと旅行に行ったときにそんな話になった。honeyには、返事をするときに無言で頷くクセがある。それを間近で見ていると、何の問題もなく話を続けられるのに、電話越しだと聞いているのか勝手に不安になってしまう。こういうことって、早く遠距離恋愛を終わらせなければ、解決しない。安心が手に入らない。

恋人と一緒に暮らしている人が、とってもとっても羨ましい。信頼するパートナーと娘(愛犬)が恋しい。秋だからかな。全部、全部、秋のせいにしてしまおうね。