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熱帯夜

男も女も犬も子どももいる世界で過ごす、私、miraの物語。

人権を欲しがる

LGBT

継続は力なり

 

こんにちは、かなりお久しぶりのブログになってしまいました。いきなりですが、今年のわたしの目標は「アウトプットをしっかりする」こと。学生の頃は、毎日、日記を書いていて、自分の考えというものがしっかりありました。

今はなんだか流されるまま〜という感じで、思ったことをすぐに口に出してしまって(それをいいことだと思っていた辺りタチが悪いことこの上ない)パートナーをたくさん傷つけたし、それはある意味で色んなものを諦めている立派な大人になったということだけれど。でもわたしはいつか読んだ本の中の大人になんてなりたくないと誓ったのに。……このザマ。

 

ですから、わたしなりに、ブログを続けられるように努力してみます。それが、いつか習慣になったとしたら嬉しいな。

 

人権(人間としての権利)について

 

話は変わりますが、最近色んなところで「人権」について聞くようになりました。わたしが最近聞いたのは、色覚異常を持った人の「人権」について。

しっかり聞かなきゃいけなかったのに、守るべき人権はここにあるだろうがと、また卑屈になってしまいました。ひとりひとりの人権にそれ以上も以下もないのにね。すぐ悲劇のヒロインぶるのね、わたしは。

子どもの人権、同和問題、女性の人権、障がい者の人権。そして今さっきの話、色覚異常を持った人の人権もあるよね。何より私にとって1番身近な人権は、セクシャルマイノリティの人権。他にも人権はたくさんあって、すべての人の人権が守られていないといけないのに。

人権(じんけん、human rights)とは、人間としての権利のことである。人権思想において人間が人間として生まれながらに持っていると考えられている社会的権利のこと <Wikipediaより引用>

 

ずいぶんと社会が多様性に寛容になり、優しくなりました。前にも進んでいます。それでもLGBTに社会的権利はないように思います。 

周りが結婚ラッシュということもあってか、本当に精神的に辛い。親戚の結婚式の画像が送られてきても、また卑屈になってしまうのが嫌で、開けられない。大切な人の幸せを祝福できないなんてどうかしてる。それで、初恋の人を失ってしまった。わたしが初めて恋をしたあの人の結婚を、祝うことができないわたしの身勝手さで拒絶してしまった。あれは本当に早すぎる自分勝手なカムアウトであったと思う。訳も分からず拒絶され、結婚式にも出ないと言われれば、キツくあたるのは当然だろう。そしてわたしはあの人に叱られて、自分から離れた。大切な人だった。


そのときも隣にはhoneyがいてくれた。慰めてくれ、味方にもなってくれた。この問題の根底には、「私は結婚できないのに」「私は彼女との関係を家族と認めてもらえないのに」という駄々っ子みたいな情けない感情があって。……「自分たちが幸せならそれでいいじゃない」何回言われたか。もう聞きたくない。

自分たちが幸せだと思えば配偶者になれますか?同じ生計を立てられると?同じ名義で家を借りて、同僚には妻です、と紹介して、相手の親戚の法事や結婚式にも連れていけて、病院では、もしものときに妻として判断を下す権利がありますか?死んでしまったら自分の財産が自動的に相手に残りますか?扶養に入ることができず、一緒にいるのに一人で生きているような生活は、他人事だから想像ができないですか?

愛だけでは、どうにもならないことがあるんです。でも、言ってもどうにもならないことがあるんです。それが、私たちの人権。